「ニーズ・ウォンツ分析」の罠 〜「ニーズなき時代」の戦い方〜

ねえ、ニーズ(必要性)とウォンツ(欲求)を両方満たす、ってどうやってやったらいいの?
いきなりどうしたんですか?
あなたが本を読めっていうから読んでたのよ。契約取りたいから、まずは営業系の本かなと思って。
それでコトラー?
よくわかったわね!
誰だと思ってるんですか、経済学の父ですよ?
コトラー君なんて弟子の弟子のそのまた弟子くらいなものです。
あなたの自慢はいいから、早く教えてよ。ニーズとウォンツを満たせば売れるんでしょ?
今期はどうしてもトップセールスになりたいのよ。
何があったか知りませんが、まあいいでしょう。
ところで泉さん、その汚いルイ・ヴィトンの財布はいつ買ったんですか?
汚いって何よ!まだ3年も使ってないわ。
せっかくいい財布持ってるんですから、もうちょっと綺麗に使ったらどうですか?
何でもかんでも入れすぎなんですよ。パンパンじゃないですか。財布が泣いてますよ。
自分が使った金額を把握しろってあなたが言うから、レシートや領収書を全部取っておいてるのよ。
何ヶ月も??
忙しくてつい忘れちゃうのよ・・
他にもいっぱい入ってますよね。
「当店のポイントカードお作りしますね」って言われるとつい「はい!」って言っちゃうのよね・・
もう絶対行かなそうな店も多いんだけど・・
しょうがない人ですね・・まずは財布を整理しましょう。
ニーズとウォンツは?
それは後!早くしないと時間無くなりますよ。
そうだった、1回の電話は最大30分と決まっていた。

泉はとりあえず財布の中のものを一旦全部出し、いるものだけを残してみることにした。

いつも使ってるキャッシュカードやポイントカードは・・たった4枚だった。

ほら、こんなに薄くなった。
なんだかちょっと寂しいわね・・
泉さん、あなたの目標はポイントカードコレクターですか?何ですか、所持金3,000円って。
ちょっと、お札まで見ないでよ。お給料日前なんだからしょうがないでしょ。
時間が無くなっちゃうから本題に入りましょう。
あなた、なんでその財布買ったんですか?
なんでって・・必要だったからよ。
必要って言いますけど、それを買う前にも財布は持ってましたよね?
もちろん。大学に入った年に買ったやつだけど。
それはいくらしたんですか?
伊勢丹のバーゲンの時に買ったから、10,000円くらいだったかな?
その財布はどうしたんですか?壊れちゃったんですか?
いや、壊れてないわよ。結構いい革を使ってたみたいで、どこも破れたりしてないわね。
じゃあ、新しい財布を買う必要は無いじゃないですか。
社会人だもの、もっといいお財布を持ってないとカッコ付かないでしょ?
財布の値段の200倍が年収になる、ってどこかに書いてあったし。
それが理由ですか?
ほんとはね、ルイ・ヴィトンの財布が昔から欲しかったの。
初契約のボーナスが入ったら絶対買おうって決めてたのよ。
なるほど。つまりあなたには「ニーズ」は無かったってことですね?
何を聞いてたのよ?ちゃんと欲しい理由は説明したでしょ?
それは「ウォンツ」の方です。
そうなの??
あなたは、先程の質問の答えを自分で出してるんですよ。
どういうこと??
世の中ではニーズを満たしなさい、ニーズを探しなさいって言われますが、
もう世の中にニーズなんてものは無いんです。
無いの?
ありません。
じゃあどうやってウォンツとニーズを満たすのよ・・
いいですか、今はみんな「必要の無いものを買っている」んですよ。
必要が無いのに買うの?
だってあなたは15万円もするルイ・ヴィトンの財布を買ったじゃないですか。

(この人よく値段まで分かるわね・・)

だからそれは社会人としての・・
それです。
それ?どれ?
社会人としてちゃんと見られたい。そのためにはいい財布が必要だ。
そうですね?
そうよ。
それは〈でっち上げ〉です。
でっち上げって何よ、人聞き悪いこと言わないでよ。
じゃあ〈こじつけ〉です。
だから、そうじゃないんだって。ちゃんと欲しい理由があったの!
まだ気付かないんですか?あなたは今自分で言いましたよね。「欲しい理由がある」って。
だって、理由も無いのにこんな高いものを買う訳ないでしょ??
そう、理由も無いのに高いものは買えない・・
裏を返せば「理由がありさえすれば、高いものは買える」ということなんです。
だから、その理由がニーズってやつでしょ?
違います。それはニーズのフリをしたウォンツです。
ニーズのフリ?
はい、ぜんぜんニーズじゃありません。
膨れ上がったウォンツにニーズという服を着せたもの。
ニーズのきぐるみを着たウォンツ、それが正体です。

(は??ニーズのきぐるみを着たウォンツ??)
じゃあ、ニーズはどこへ行ったの?
そんなものは最初から存在しません。だからでっち上げだと言ったのです。
あなたにはそもそもルイ・ヴィトンの財布を買う正当な理由なんて一つも無かったんですよ。
あなたは、年齢的にも収入的にも分不相応なことが分かっていながら、
それでもどうしてもルイ・ヴィトンの財布が欲しかった。
だから、「買ってもいい理由」をあなたの優秀な下僕、左脳君がわざわざ作ってくれたのです。
そう、全てはあなたのアタマの中だけで行われた自作自演だったのです!
あなた、もしかして古畑任三郎のマネしてるでしょ?
・・・正解!
正解じゃないわよ!もうちょっと言い方考えてよ・・
え、似てませんでした?
違うわよ、自作自演の方よ!
的を得てたでしょ?四字熟語をズバっと言うと決まりますね!
もういいわ・・

泉は、中身が減って本来の形を取り戻した財布に目をやりながらつぶやいた。

(必要な理由なんて無かった・・)

いいですか、本当に大事なのはここからです。

アダムの声で我に返った。

え?何?
私がさっき何て言ったか覚えていますか?

世の中に・・

ニーズなんてものは存在しない。
そうです。よく覚えてましたね。
バカにしないで。
大丈夫、理由をでっち上げて必要の無いものを買っているのはあなただけじゃありませんから。というか全員そうですから。
生きるために必要なものはみんな既に持ってます。
消費というのは、〈強烈なウォンツ〉だけで成立しているのです。

強烈なウォンツだけ・・
そう、ウォンツだけです。
だから、理詰めで考えてもうまくいきません。
メリットとデメリットの分析で売ろうとすると失敗しますよ。
そうなの?
それは左脳君のお仕事です。
重要なのは、右脳君を刺激すること。
右脳君を活性化させ、それが欲しくてほしくてしょうがないというモードを作る。
メリット・デメリットというのは、その欲しい気持ちに「正当な理由」を与えるための材料に過ぎません。
よくわかったわ!じゃあどうすれば欲しくて欲しくてしょうがないって気持ちにさせられるの?
おっと、もうこんな時間だ!今日の電話はここでおしまいです。
次回までにちゃんと考えておいて下さいね。