アリは夏の間にせっせと働き、冬の間の食料を確保した。
夏の間に遊び呆けていたキリギリスは、冬になってから事態の深刻さにようやく気付いた。
(食べるものも着るものもないじゃないか・・)
恥を偲んでアリに助けを求めるが、アリに拒否されてしまう。
そしてキリギリスの仲間たちの多くは餓死してしまう。
これが有名な「アリとキリギリス」の話である。
「仕事もしないで遊んでばかりいると、大変なことになりますよ」
という教訓の話だ。
アリは働き者の象徴とされ、キリギリスは怠け者の象徴として描かれている。
・・しかし、この話にはまだ恐ろしい続きがあった。。
翌年の春、アリは生き残ったキリギリスたちにこう持ちかけた。

毎週1日だけ、僕達の仕事を手伝ってもらえませんか?
そうしたら、冬が来たら住む場所と服と食べ物を用意しますよ。



春のぽかぽかした日差しを浴びているうちに、冬の過酷の生活のことなどほとんど忘れかけていたキリギリスであったが、この提案には何か引っかかるものを感じた。
本当は働く気なんて全く無かったが、〈週に1日だけでいい〉という提案はとてもおいしい条件に思えた。
働いたことの無いキリギリスは、この提案を受けてみることにした。
しかし、半ば予想していたことではあったが、穴を掘ったり土を運んだりするのは見ていた時よりずっと大変な労働だった。

それでも残りの6日は遊びほうけていられるので、あまり不満もなかった。
そんな日々が続いたある日、アリから困った相談を持ちかけれた。

もう一日、手伝いの日を増やしてもらえませんか?
家が出来上がらないと自分も困ったことになる。
面倒くさいなと思いながらも、しぶしぶ提案を受け入れた。
月曜日と金曜日だけでいい、というのがうまい提案だったのだ。
2日連チャンだったら仲間たちもウンとは言わなかっただろう。
なんせ、仕事の日は夜の酒盛りが盛り上がるのだ。
ほとんどの奴は明け方まで飲んでいるから、翌日は使い物にならない。
金曜日なら翌日もグダグダできるし、みんなで仕事終わりの酒盛りするのが週2回になるのは悪くないことに思えた。
しかし、それがアリの巧妙な手口だったことに気付いたのは、ずっと後のことだった。
それからというもの、2ヶ月に一度くらいのペースで「お手伝いの増加」依頼が入るようになった。
次は水曜日、その次は火曜日、木曜日・・
気付いてみると、毎週6日は仕事、休みは1日だけになってしまっていた。

冬にもうあんな大変な目に合わないためにアリの提案にしぶしぶ乗ったキリギリスだったが、
それがどうやらアリが考えた壮大な罠だったと気づいたのは、
秋も深まり冬が目前に迫ったときだった。
アリはキリギリスの仕事の日を増やすのと反比例するように、
自分の仕事の日をそっと減らし続けていた。
キリギリスが週6で働くようになった頃、アリは実は週に1日しか働いていなかった。
つまり、状況が完全に入れ替わってしまったのだ。
うまいこと嵌められたことに気付いたキリギリスだったが、もはや後の祭りだった。
自分が作って蓄えた食料の倉庫の鍵はアリの手の中だ。
生命線を握られたキリギリスには、もはや黙って仕事を続けるしか手がなかった。。
ある日、水を汲みに泉に出かけたキリギリスは、泉のほとりで隣町のキリギリスに出くわした。
※アリは「水道水はカルキ臭くていやだから、深層水を汲んでこい」とまで言い出すようになっていた。

彼は仲間ウチでも名うてのナンパ師で、ミツバチやモンシロチョウはもちろん、ミミズやムカデまで落としたことのあるツワモノだった。

よく見ると、背中に巨大な水瓶を背負っていた。重い瓶が羽に食い込んで痛そうだ。



ここに至ったいきさつを一から説明したキリギリスは、
仲間もほぼおなじストーリーでここに至ったことを知った。
聞けば、ここ一帯のキリギリスは全て同じような条件で働かされているらしい。
どうやらアリは、全てのキリギリスを自分たちの下僕にする算段のようだ。



でも妙に穏やかな彼の笑顔を見ていたら、そんな言葉を発するのが躊躇われた。

重い瓶を背負い直すと、旧友は林の中へ消えていった。
こうして1年が過ぎた。
仲間たちはほぼ全員「アリさんマークの穴ぐらハウス」に加わり、遊んでいる奴を見かけることは無くなった。
この方法がうまくいくことに味を占めたアリたちは、途中からバッタやカマキリも同じ手口で支配下に置き始めた。
彼らのほぼ全てを手中に納めると、カナブンやホタルやセミなどの短命なやつらまで使い始めた。
彼らはすぐ死んでしまうが、成人になるのも早いので、むしろ労働力としてはすこぶる使いやすかった。
更に拡大を加速させたのは、オオスズメバチのボス、ハッチとの提携が成立したからだ。
彼が「アリのとこで働け!」と言えば、断れる虫はいない。
※断れば音速の一突きで殺されてしまう。
たった2年とちょっとで、アリたちは配下に約100種の昆虫たちを従える「一大コンツェルン」を築き上げた。
一族の長、会長に君臨するのは通称「モハメド」。
昆虫たちの待遇を良くしながら仕事の量を増やす、
いわゆる「アメとムチ」作戦でほとんどの昆虫が骨抜きにされ、
今やアリに取って代わろうとする気概のある昆虫はどこにもいなくなった。
唯一対等に肩を並べているオオスズメバチの存在がうっとおしくなってきたモハメドは、
密かにハッチの暗殺計画も進めていた。
(世界征服ももはや時間の問題だな・・)
時間を持て余したモハメドは、最近どうやら短歌にハマっているらしい。
社長秘書に抜擢された「ミス・キリギリス」のナナオが、社長室からこんな短歌が聞こえてくるのを耳にしたと教えてくれた。
「この世をば~我が世とぞ思う望月の~・・」
キリギリスはみんな学が無いから、俺の創作だと勘違いするだろう。
ヤツはそう思ったに違いない。
歌も振る舞いも傲慢の極みに達していたが、逆らえる虫は一匹もいなかった。
こうしてアリの絶対王政は続くのであった。。